NAP策定への意見:人権教育・啓発

ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)策定への市民社会からの意見書

(2020年1月23日)

【現状と課題】

  • 2000年に施行された「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」により2002年に策定(2011年に一部変更)された「人権教育・啓発に関する基本計画」に基づき、国及び地方公共団体、また企業においてもさまざまな「人権啓発活動」が実施されてきた。
  • 一方、NAPが基礎とするべきビジネスと人権に関する指導原則は、「国際的に認められた人権」、すなわち世界人権宣言、国際人権規約、ILO中核的労働基準などの国際人権基準に依拠している。NAPの中に位置づけられる人権教育・啓発の施策が「ビジネスと人権」の諸課題の解決に資するためには、この国際人権基準に沿い、同時に企業活動による負の影響への対処という指導原則の意図と符合するような内実が必要である。したがって、これまでの「人権啓発活動」がそうした内実を有しているかの綿密な検討、すなわちギャップ分析が必要で、その分析に基づいて「人権教育・啓発に関する基本計画」の改定、あるいは一部変更も視野に入れる必要がある。
  • 別の制度枠組みとして「公正採用選考人権啓発推進員制度」があるが、これに関しても、NAPの中に施策として含ませるのであれば、上記と同様のギャップ分析が必要であり、その上で、一部の府県で見られるように「推進員」の役割を人権研修の実施にまで拡大強化して「人権教育・啓発」に資することも含め、制度枠組みを規定する要綱の改定を検討するべきである。その際、国が責任をもつ制度枠組みとして、政策の一貫性を確保することも欠かせない。
  • なお、2019年7月に公表された「ビジネスと人権に関する我が国の行動計画(NAP)の策定に向けて」では、NAPにおける「優先分野」が示されており、その中には「①政府,政府関連機関及び地方公共団体の「ビジネスと人権」に対する理解促進と意識向上、②企業の「ビジネスと人権」に対する理解促進と意識向上、③社会全体の人権に関する理解促進と意識向上」が含まれている。優先分野5項目中3項目が「ビジネスと人権」あるいは「人権」に関する「理解促進と意識向上」となっている。しかしこれらは、負の影響の特定に基づくギャップ分析を経た本来の優先分野特定のプロセスによるものではない。
  • また、「③社会全体の人権に関する理解促進と意識向上」の「社会全体」があいまいなままで、これでは具体的な施策に結びつかない。仮に「社会全体」が具体的には市民や消費者、労働者なのであれば、ライツ・ホルダー(権利保持者)の人権意識向上を優先分野として掲げることになり、指導原則に基づくビジネスと人権のNAPとして原理的な矛盾を抱えることになる。人権に関する理解促進と意識向上は極めて重要な課題だが、それは本来、ビジネスと人権のNAPの優先分野とは別の文脈で、諸施策の前提として取り組まれるべき重要課題である。施策の有効性を高めるためにも、もっと緻密な論理に基づいた政策形成が求められる。

【NAPへの提言】

  • 「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」に基づく人権教育・啓発をNAPの施策として展開するのであれば、前提として、ビジネスと人権の観点からギャップ分析を行い、「人権教育・啓発に関する基本計画」の改定も含めて検討するべきである。
  • NAPの「優先分野」としての「ビジネスと人権」あるいは「人権」の「理解促進と意識向上」は、国際人権基準に沿い、同時に企業活動による負の影響への対処という指導原則の意図と符合するような内実を確保しながら施策を具体化するべきである。

(ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォーム)