「ビジネスと人権」に関する行動計画の原案に対する意見

 多摩大学大学院ルール形成戦略研究所副所長 羽生田慶介


1.新しい技術の発展に伴うその他の人権保護について

■(該当箇所)第2章 行動計画/2. 分野別行動計画/(1)横断的事項/ウ. 新しい技術の発展に伴う人権

■(意見)新たな技術とビジネスモデルの発展によって引き起こされ得る人権侵害の拡大へ対応するため、以下の趣旨を含めるべき。

  • サイバーとフィジカル(現実)双方の空間における新しい技術の発展とそれに伴う新たなビジネスモデルの台頭によって引き起こされ得る人権侵害に関する動向を注視し、国際会議等での議論の推進を行う。また、インターネット上の名誉棄損やプライバシー侵害以外の、技術の発展に伴う新たな人権侵害への対応も行う。

■(理由)

  • 近年のデジタル・テクノロジーの進歩は目覚ましく、今後もAI以外にも新たなテクノロジーが台頭すると想定される。また、日本においては官民でSociety 5.0の実現に向けた検討が進んでおり、サイバーとフィジカルを組み合わせた社会課題解決が進むことが期待されている。企業活動によって引き起こされる人権への影響を主眼とした本行動計画の性質上、将来的にビジネスにおいて活用されるテクノロジー(現在想定されないものも含む)によって引き起こされ得る人権侵害についても念頭に置いた内容とすべきと考える。また、テクノロジーを活用した新たなビジネスモデルについても人権侵害の懸念があり、それも念頭に置く必要がある。例えば、格差を広げ得る広告事業(例:個人の所得や人種など属性に基づき表示される広告が異なることによる、不動産における人種差別/貧富による居住地隔離の助長)、従来の法規制では対象とならない/解釈が難しいため起こり得る労働者の搾取(例:配車プラットフォーム事業におけるドライバーの搾取)、移動体による監視システムによるプライバシー侵害(ドローンを用いたセキュリティシステムの肖像権侵害)などが挙げられる。加えて、テクノロジーの進展によって起こされる人権侵害はインターネット上の名誉棄損やプライバシー侵害に限られるものではないため、その点を含んだ内容とすることが望ましい。

2.外国人材の受入れ・共生について

■(該当箇所)P.12)第2章 行動計画/2. 分野別行動計画/(1)横断的事項/カ. 外国人材の受入れ・共生

■(意見)

  • 当該箇所において、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(改訂)」の着実な実施といった趣旨に加え、企業の事業活動上の実態に即した要望も反映した上での運用の改善も含めるべき。具体策の例としては以下が挙げられる。
    • 難民申請者において難民該当性が高い可能性のある外国人材(例:初回申請振り分けに後の「D案件」等)に関して、難民認定申請中においても「特定活動」以外の在留資格への切り替え許可を検討する。

■(理由)

  • 「ビジネスと人権」の文脈においては、企業活動の実態を踏まえた上での外国人材の受入れ・共生のための施策の運用を行う必要がある。現状の外国人材の受入れ・共生のための施策の運用においては課題が存在し、運用の改善が図られないままでは企業側の外国人材登用が困難となる。例えば、難民申請者の在留資格が「特定活動」のままでは、更新頻度の高さを理由に就労が不安定とみなされ、また、海外渡航が困難(本国旅券を使用すると本国庇護を受けられると判断され難民申請に不利)であることからグローバル人材としての強みも活かしづらいとされるため、企業が難民該当性の高い申請者を登用しづらい状況に繋がっている。これは、難民申請の期間が長期に渡ることが要因である。中長期的な機会損失を防ぎ、かつ外国人材が働きやすい環境を整備するためにはその運用の改善は重要な観点である。よって、各申請内容を踏まえた上での在留許可のスムーズな切り替え等、外国人材の受入れ・共生に関する運用面での改善を検討していくべきである。

3.国際的なルールの提言について

(該当箇所)第2章 行動計画/2. 分野別行動計画/(2)人権を保護する国家の義務に関する取組/ウ. 国際場裡における「ビジネスと人権」の推進・拡大

■(意見)政府は、サプライチェーンにおける人権配慮の促進を目的とした国際的なルール形成を推進するため、以下の政策を実施すべき。

  • 政府は、企業がサプライチェーンにおける人権配慮に取り組む経済合理性を拡大し得る国際的なルール(企業が人権配慮に取り組むことで利益を得る/取り組まないことで不利益を被る仕組など)を積極的に検討・提案し、途上国及び先進国を含む議論の主導的な役割を果たす。また、関連した取組を実施する団体への支援を実施する。

■(理由)

  • 企業のサプライチェーンがグローバルに展開する今日では、サプライチェーン上の人権配慮の取組を飛躍的に進める観点において国際的なルール形成が必要となる。また現状はサプライチェーンにおける人権配慮の取組は企業にとって「コスト」の位置づけであるが、これを転換して人権配慮の取組が企業にとって利益を生み出す仕組みを構築し、企業が人権配慮に取り組む経済合理性を確保することが、企業のインセンティブを高めて加速度的に取組を推進する一手となる。例えば、サプライチェーン上の人権に配慮した製品に対する税制優遇措置、人権配慮の取組を進める企業への助成金制度、人権配慮の取組を進めない企業への罰則措置等の実施が考えられる。

4.人権配慮に資するビジネスの普及・促進について

■(該当箇所)第2章 行動計画/2. 分野別行動計画/(2)人権を保護する国家の義務に関する取組/エ. 人権教育・啓発

■(意見内容)当該箇所において、人権尊重に資するビジネスを促進するための政策の立案を検討すべき。具体策としては以下の通り。

  • 項目レベルで「(キ)人権関連産業の育成」を追加し、以下の施策を記載する。
    • 人権尊重に資する製品・サービスを取り扱う企業を育成する観点から、産業カテゴリとして「人権関連産業」を新設する。具体的には、環境産業と同様に、人権関連産業の定義・分類を検討し、これに含まれる業種を選定する。
    • 人権関連産業における企業活動を促進するための制度(補助金の支給、減税、事業者に対する教育制度など)を設立する。
  • 現在の「(オ)人権の尊重を含む社会的課題に取り組む企業を表彰」の本文に以下を追加する。
    • 政府は、表彰された企業の活動を政府のホームページで広報する。また各種関係団体や各種媒体で広報されるように推奨する。

■(理由)

  • 企業の行動を促す観点で、人権関連産業を産業カテゴリとして定義することは認知度の向上や各種施策の実行の面で効果的だと考える。人権と同様、昨今対応が求められている環境分野においては、既に「環境産業/ビジネス」が世間的に広く認知されており、地球温暖化対策や廃棄物処理・資源有効利用などに資する業種が環境産業に含まれるものと定義されている。環境産業の規模は年々増大しており現在は100兆円を超えるビジネスとなった。これは事業者の新規参入や健全な競争の促進が寄与している。社会課題解決を「産業」として定義することが企業の活動促進に繋がる証左であり、人権分野においても同様の取組を行うことが望ましい。
  • また、人権に配慮した企業活動を促進するためには、企業の自発的な取組を促すための施策が必要である。単に企業を表彰するだけではなく、表彰されることを企業が求めるような仕組み作りに注力するべきである。例えば、米国のNational Action Planでは、企業を表彰するスキームとともに、社会からの認知向上に繋がった実績(ツイッターでのツイート回数増加率)も述べられており、表彰されることに対するインセンティブを企業に与えている。また、表彰以外にも人権に配慮した企業活動を促進するための制度作りも望まれる。例として補助金の支給などを挙げたが、このように企業が人権に配慮した活動を行うためのインセンティブを設けることが必要と考える。

5.人権デュー・ディリジェンスについて

■(該当箇所)第2章 行動計画/2. 分野別行動計画/(3)人権を尊重する企業の責任を促すための政府による取組/ア. 国内外のサプライチェーンにおける取組及び「指導原則」に基づく人権デュー・ディリジェンスの促進

■(意見)政府は、「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づき、国内外で企業のサプライチェーンにおける人権尊重の取組を推進するため、企業の人権デュー・ディリジェンスを促進する以下の政策を実施すべき。

  • 「ビジネスと人権に関する指導原則」や「責任ある企業行動に関するOECD デュー・ディリジェンス ガイダンス」、その他の関連ガイダンスに沿った、人権デュー・ディリジェンスの実践的なガイダンスを策定する。
  • 前述の実践的なガイダンスの付属資料として、セルフアセスメントツール(チェックリスト等)や、産業分野や企業規模に応じた人権デュー・ディリジェンスの手法に関する資料(大企業に限らず、中小企業も活用可能なガイダンスなどを含む)を提供する。
  • 人権デュー・ディリジェンスについて先進的な取組を実施する企業の表彰制度を新設し、企業の取り組むインセンティブを高めるとともに、表彰企業の事例集を参考資料として公開し、企業の取組を促進する。
  • 複数企業が連携して人権デュー・ディリジェンスやサプライチェーンの問題に取組む活動に対して、積極的な支援を実施する。
  • 日本政府は、企業が人権デュー・ディリジェンスを適切に行うことを期待する。企業における人権デュー・ディリジェンス実施状況について毎年検証を行い、適切に行われていないと判断される場合には、実効力を担保するための更なる施策について検討する。

■(理由)

  • 現在、大手企業を中心に人権デュー・ディリジェンスの取組が進められているが、実践的なガイダンスや関連ツールの不足により、各社の取組の内容・程度に差異が生じているとともに、各社で取組の新規設計に時間とコストが膨大に生じ、取組拡大を妨げている側面が存在する。今後の国内のおける人権デュー・ディリジェンスの取組促進あたっては、人権デュー・ディリジェンスの実践的なガイダンスなどを提供することにより、企業がより効率的に質の高い人権デュー・ディリジェンスを実施できるようサポートすることが必要不可欠である。また、より効果的な実施のための付属資料(大企業に限らず、中小企業も活用可能なガイダンスなど)の提供や、企業の取組インセンティブを高めるための表彰制度の構築、複数企業による連携の取組への支援スキームなどの構築は、国内における取組促進に重要な効果をもたらす。人権デュー・ディリジェンスの実効力の担保については、イギリス、フランス、ドイツなど欧州を中心に既に実施されている。特に、イギリスやフランスでは人権デュー・ディリジェンスの実施が義務化されている。欧州では人権デュー・ディリジェンスに取り組む企業だけが取組みコストの負担を持つことにならないように「Level Playing Field(公平な競争環境)」の整備を目的として、企業から人権デュー・ディリジェンスの義務化の要望が挙がっていることも受け、日本国内においても同様の機運が高まることを予想して、人権デュー・ディリジェンスの実効力担保についても本行動計画において言及することが望ましい。

6.人権に配慮した適切な広告表現の促進について

■(該当箇所)第2章 行動計画/2. 分野別行動計画/(1)横断的事項/エ. 消費者の権利・役割

■(意見内容)人権尊重に対する企業の責任に係る当該箇所において、「人権に配慮した適切な広告表現の促進」も含めるべき。具体策としては以下の通り。

  • 事業者(広告主及び広告代理店)が広告を制作するにあたり、人権に配慮した表現となっていることを求めるガイダンスを策定する。
  • ガイダンスには、広告において人権の観点で留意すべき事項(ジェンダー、人種、国籍、文化、年齢、障害など)、各事項において留意・禁止すべき表現の具体例、広告で各事項を取り扱う際の対応方針などを記載する。
    ※ジェンダーの観点でのガイドラインの事例として、英国・広告基準協議会(Advertising Standards Authority)の「性別に基づく有害なステレオタイプに対する広告表現のガイダンス(Advertising guidance on depicting gender stereotypes likely to cause harm or serious or widespread offence)」が存在する。
  • 日本国内のみでなく、海外でも受容される広告表現となることを念頭に置いたガイダンスを策定する。

■(理由)

  • 人権尊重の観点において広告表現が果たす役割は大きい。しかしながら、現在の日本の広告表現の中には人権配慮の観点から受容が難しいものも散見される。例えば、身体的特徴が過度に強調された女性キャラクターを公共の場に掲示することや、対象人物の生来の肌の色を過度に白くした上で広告に使用することなどの事例が該当する。これは広告表現上の人権配慮に対する共通認識が形成されていないことに起因すると考えられる。よって、広告主及び広告事業者が広告作成時に参照するガイダンスの策定が求められる。このガイダンスの策定においては、国際的な人権に係るルール及び議論を踏まえたものとするべきである。これは、日本政府が目指すクリエイティブ産業の海外輸出においても重要な観点である。

7.「第2章 行動計画」の施策の粒度について

■(該当箇所)第2章 行動計画

■(意見)第2章 行動計画の「具体的な措置」において、記載粒度が十分でない「具体的な措置」については詳細化を行うべき。具体例としては以下の通り。但し、該当する項目は以下に限定しない。

  • 第2章 行動計画の「具体的な措置」の中で、具体策が記載されていないものが散見される。現状の記載粒度では具体的にどのような対応をするべきか判断がつかないものもあるため、どのような対応を行うかが分かるように詳細化すべき。

8.行動計画の実施・見直しの在り方について

■(該当箇所)P.20 第4章 行動計画の実施・見直しに関する枠組み

■(意見)政府は、「『ビジネスと人権』に関する行動計画」を効果的に実施するため、省庁間や外部ステークホルダーとの連携やPDCAサイクルの効率的実践を図り、以下のとおりに行動計画を改訂すべき。

  • 行動計画上の「具体的な措置」について、個別に担当する省庁を明記し、省庁間の役割分担を明確化して、政策の一貫性の確保を強化する。
  • 行動計画上の「具体的な措置」は、現状の課題と結び付けた上で、新規の施策と既存施策の継続に分けて記載し、新規施策をより明確に示す。
  • 行動計画上の「具体的な措置」毎に、完了目標日及び評価指標を設定する。
  • 関係府省庁連絡会議を設け、四半期に一度各省庁の担当する施策について進捗共有と意見交換を実施する。また関係府省庁連絡会議には、関連する外部ステークホルダーも参加することにより、進捗状況等について客観的な意見を収集する。
  • 行動計画の期間は令和2年度(2020年度)を初年度とし、令和5年度(2024年度)までの3年間とする。

■(理由)

  • 「ビジネスと人権」は省庁横断的な課題であり、行動計画の実施には多くの省庁が関与するため、効率的な計画実行のためには「具体的な措置」毎に担当省庁を定めることは必要不可欠である。更に、「具体的な措置」の前に現状の課題を整理することが望ましく、課題と紐づいた新規の施策と既存施策の継続を分けて記載し、これまでの取組状況との差異を明確にして行動計画の有効性を示すべきである。また各「具体的な措置」について、完了目標日及び評価指標を記載し、行動計画の実施状況のモニタリングを強化すべきである。UN Working Groupが作成したNAPガイダンスはNAP上の各施策の「関係政府機関」、「完了目標日」、「実施指標」などを明記することが推奨しており、実際に米国やタイ、チェコ等のNAPにおいてもこれらの項目に加え現状の課題に関しても一部明記されている。関係府省庁連絡会議の設定は行動計画原案においても記載があるが、より明確に開催周期を設定し、関係ステークホルダーにも開かれた場とすることで、行動計画実行のモニタリングを行うべきである。開催周期は、効果的なPDCAサイクルを回すために4半期に一度が望ましい。また、行動計画の期間についても、急速な時勢の変化を取入れつつ効果的なPDCAサイクルを回すために、5年間ではなく3年間とすることが望ましい。 

以 上