「ビジネスと人権」に関する行動計画の原案に対する意見書

 

 

人身売買禁止ネットワーク〔JNATIP〕


意見内容は、以下のとおりです。

 

(1)人権デュー・ディリジェンスの実施を日本企業にさらに促すための、新たな法律(日本版現代奴隷禁止法)の整備を求める

 

(2)技能実習制度における人権侵害に対する実効性を伴った施策の策定、および民間支援団体への費用支弁を求める

 

(3)今や貴重な労働力として受け入れられている「留学生」についての言及、および留学生の人権侵害を防止する施策を求める

 

(4)児童買春や児童ポルノ、AV出演強要などの性的人身取引を根絶するために、関連企業に対しての規制や人権保護の施策を求める

 

(5)児童買春、児童ポルノ、AV出演強要などの性的人身取引に関して、ホテル業界への働きかけと対策を求める

 

(6)公共調達に関する調達ルールに、労働基準法の遵守など人権重視の原則を含めること、なおかつ、公共調達を行う政府自身が、労働者の人権重視の原則を厳しく守ることを求める。

 

(7)人身取引対策における労働基準監督官への適切な権限付与と、自らの役割としての認識向上を求める

 

以下、各意見について、行動計画原案における該当箇所と、提案理由や背景について詳述します。

 

(1)人権デュー・ディリジェンスの実施を日本企業にさらに促すための、新たな法律(日本版現代奴隷禁止法)の整備を求める

 

・「本行動計画における『人権』とは(中略)サプライチェーンにおける人権配慮も考慮することとする」(p.4  第1章3 (1))

 

・「政府は、人権配慮の取組を進める日本企業が正当に評価を得る環境づくりも目指す。」(p.5 第1章3 (3))

 

・「企業による人権尊重の取組を促す具体的な仕組みの整備に努めていく。」(p.6第2章1(4))

 

・「政府は、その規模、業種等にかかわらず、日本企業が、(中略)人権デュー・ディリジェンスのプロセスを導入することを期待する」(p.20 第3章2.)

 

とあり、かつ

 

・p.16 第2章2(3)ア の「国内外のサプライチェーンにおける取組及び「指導原則」に基づく人権デュー・ディリジェンスの促進」の項では、これまでの政府の取組が列挙されている。

 

 しかし、これで果たして企業にきちんと人権デューディリジェンスを行わせるだけの効力があるのか、はなはだ疑問である。

 

 「2015年英国現代奴隷法」のように、自社あるいはそのサプライチェーンにおいて、現代の奴隷労働(=人身取引、強制労働、強制的な性的搾取など、隷属を強いられる労働状態)が行われていないことを確認し、報告することを義務化するような仕組みを作ることを提案したい。それにより、企業は少なくとも自社のサプライチェーンを一次のみならず二次サプライヤーまで把握し、その調査や監査を行って人権侵害が行われていないかどうかをチェックし、必要であれば是正するようサプライヤー企業に指導することが求められる。

 

 また、その場合のサプライチェーンとは、必ずしも「紛争鉱物」の防止のように海外の事業者とは限らず、日本国内のサプライチェーン(技能実習生や留学生など外国人労働者が雇用されている製造業、農業、漁業、建設業などの事業所を含む)も対象とすべきである。日本でも現に奴隷労働に等しい労働搾取が行われているにもかかわらず、「下請け・孫請け企業が行っていることだから無関係」という態度の企業が多く、このままでは本当の意味で労働者の人権に配慮した企業活動は望めない。やはり政府が主導して、少なくとも人権デューディリジェンスがきちんと行われることを確認し監視する、なんらかの仕組みを整えるべきである。

 

(2)技能実習制度における人権侵害に対する実効性を伴った施策の策定、および民間支援団体への費用支弁を求める

 

p.8「第2章2(1)ア.労働<具体的な措置>(ウ)」および

 

p.19「第2章2(4)<具体的な措置>(オ)」に、技能実習制度について、技能実習法に基づく諸施策が列挙されている。

 

 しかしながら、多額の債務負担(前借金)、実習先変更の困難、強制帰国等が依然として行われ、そのために過酷な労働条件で声を挙げられない実習生が多数いる。パワハラ、セクハラ、妊娠・出産の抑圧(中絶か帰国かを迫る)、除染被爆労働強要などの人権侵害もみられる。そのため国連の人権関係委員会や米国務省からも問題指摘を受けている。

 

 技能実習制度は、本来、技能等の移転を目的としているが、実際には労働力確保の主要な方策の一つとなっている。根本的には技能実習制度の廃止と正面からの移民政策の採用が必要であるが、当面、現実におきている上記のごとき人権侵害を断ち切る施策をとるべきである。具体的には、政府は、仲介業者の排除、実習先移転の要件緩和、強制帰国の罰則付き禁止を法制化し、企業にその遵守を求めるべきである。

 

 また、p.19の(4)では「救済へのアクセスに関する取り組み」として、外国人技能実習機構による母国語での相談対応と転籍支援が記載されている。しかし、技能実習生の支援は実際には主として民間支援団体(シェルターを含む)が担っているのであるから、政府はその責任として、これら民間支援団体(シェルターを含む)に対する費用の支弁を行うべきである。

 

(3)今や貴重な労働力として受け入れられている「留学生」についての言及、および留学生の人権侵害を防止する施策を求める

 

 p.8「第2章2(1)ア.労働<具体的な措置>(ウ)」には、「外国人技能実習生」についてのみ具体的措置の言及があるが(但し上記(2)の問題がある)、資格外活動に従事する「留学生」については具体的言及がない。

 

 しかし、厚生労働省「外国人雇用状況」の届け出状況によれば、2019年10月末の外国人労働者数約166万人のうち、約32万人(19.2%)は資格外活動に従事する留学生であり、ネパール人労働者の49.3%、ベトナム人労働者の32.6%、中国人労働者の20.1%は留学生である。就労先は宿泊業・飲食サービス業36.9%、卸売業・小売業21.1%などとなっており、特に中小零細企業にとって欠かせない労働力となっている。ところが、一部の学校で、低賃金労働者を確保する目的で留学生を呼び寄せ、長時間働かせたうえで、授業料や寮費などの名目で賃金の多くを回収する、という事件が何件もおきている。

 

 資格外就労に従事する留学生の実情を調査するとともに、留学先への仲介業者の排除、資格外就労先の紹介をハローワークなど公的機関に限定すること、多言語の相談窓口の設置など、人権侵害を防止するための方策を講ずるべきである。

 

(4)児童買春や児童ポルノ、AV出演強要などの性的人身取引を根絶するために、関連企業に対しての規制や人権保護の施策を求める

 

 p.8~9「第2章2(1)イ. 子どもの権利の保護・促進」に、「子どもに対する暴力撲滅行動計画」、「子供の性被害防止プラン」などに基づいた「児童買春、児童ポルノの製造等の子どもの性被害の撲滅に向けて取り組んでいる」とあるが、企業に対して何を求めるつもりなのかが書かれていない。また児童ポルノにとどまらず、成人女性のAV出演強要という非常に深刻な人権侵害についても、企業に対しての働きかけが重要である。

 性的搾取被害動画・画像にかかる削除要請活動を行っている被害者支援団体によれば、以下の産業に対しての働きかけが急務である。(商業的なポルノ(AV)の意に反した形での拡散について)

 

【1 動画配信サイト運営会社】国内の個人や事業者が無修正ビデオ等の違法なコンテンツを、国内法が及ばない海外のサーバーから国内向けに配信し、荒稼ぎできるプラットフォームがある。

 

【2 プロバイダー】被害動画・画像の削除要請について、日本国内の上場企業であっても、国内法回避のためあえて米国に法人登記及びサーバーを設置しているケースがあり、削除要請に応じない問題がある。

 

 被害動画画像を掲載しているホームページ上に問い合わせ先を掲示していないホームページ・ブログサイト、問い合わせをしても回答のないホームページ・ブログサイトがある。これらをホスティングしている国内のプロバイダーに送信防止措置をしても応じないケースがある。

 

 また、デジタル社会であるのにかかわらず、動画・画像の削除要請が郵送で求められるケースがあり、被害者にとって苦痛と多大な労力を強いている。多くのプロバイダーにおいて電子申請が未だに実現できていない。電子署名を広め、被害者に寄り添った形でサポートしていただきたい。また、プロバイダーは、被害動画・画像を投稿する加害者には身分証の提示を必須としていないのに対し、被害者が削除要請する場合には身分証の提示を前提としている。これによりますます被害者を苦しめるような画像が拡散される。プロバイダーに人権意識を高めさせ、被害者を生まないような施策が急務である。

 

【3 検索エンジン提供企業】検索エンジンによっては、検索の結果と性的画像記録がリンクしてしまうことにより、再被害が生じている。検索エンジンの提供企業にも、性的画像・映像の拡散は被害女性を苦しめる重大な人権侵害であることを示し、配慮を求めるよう促していただきたい。

 

(5)児童買春、児童ポルノ、AV出演強要などの性的人身取引に関して、ホテル業界への働きかけと対策を求める

 

 p.9「第2章2(1)イ. 子どもの権利の保護・促進 <具体的な措置>の(イ)」では、「旅行業者が児童買春を目的とするような不健全旅行に関与しないよう旅行業法に基づく立入検査を実施していく」とあるが、これに関連して、児童買春・児童ポルノ撮影・アダルトビデオの強制的撮影等の性的人身取引に利用されているホテルについては触れられていない。

 

 だが、ホテル(有名・一流ホテルを含む)がこれらの人身取引の場として利用されている現状がある。撮影関係者の一人がホテルに宿泊する体で部屋を借り、他のスタッフが順に部屋に入っていくなど巧妙な方法で、ホテル側の了承を得ることなく部屋を撮影現場に使用している事例が、業界関係者からの内部告発で確認されている。

 

 実際に人権侵害の現場になっているホテル産業は、気づかないうちに犯罪に加担させられていることになる。海外では、人身取引に気づくためのマニュアルや対策を徹底しているホテル企業もあり、この重大な人権侵害を防ぐためにできることは多い。政府としても、児童買春、児童ポルノ、AV出演強要などの人身取引にホテルが加担しないための働きかけと、何らかの対策を講じるべきである。

 

(6)公共調達に関する調達ルールに、労働基準法の遵守など人権重視の原則を含めること、なおかつ、公共調達を行う政府自身が、労働者の人権重視の原則を厳しく守ることを求める。

 

 p.13 「第2章2(2)ア.公共調達」の項で、障害者優先調達、女性活躍推進、暴力団排除、グリーン購入などは言及されているが、たとえば労基法違反のあった企業の排除など、労働者の人権重視については言及されていない。公共調達において仕入れ先を厳格に選ぶのであれば、サプライチェーンを含む労働者の人権に配慮している企業こそ選ぶべきである。

 

現に東京オリンピックの競技場建設においては、既に作業員4人が死亡するなど、違法な長時間労働による過労自殺や労災事故が起きており、国際労組からも批判が出ている。

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/23769.htmlこれは特に中小の建設事業者において労働者の人権が二の次とされているからである。

 

 まずは、建設業を選ぶ際にもそのサプライチェーンでこれまでに労働者の人権が軽視される傾向が無いかどうかを厳しく精査し、労基法違反の有無にとどまらず、人権デューディリジェンスを行っている企業が選ばれるべきである。そのことこそ、この「ビジネスと人権」行動計画に盛り込まれるべきではないか。

 

 そして、公共調達が税金によって行われている以上、適正かつ合理的なコストが必要であることは自明ではあるものの、そのことを理由に、民間企業における買い叩きのような事態を公共調達の場で起こすことは許されない。まずは政府自らが、コストのみでなく人権を重視する調達を行うべきであり、そのための仕組みを検討・構築すべきである。

 

(7)人身取引対策における労働基準監督官への適切な権限付与と、自らの役割としての認識向上を求める

 

p.19 第2章2(4)<具体的な措置>(イ)

 

 には、労働基準監督官への人身取引をテーマとした研修についての言及があり、「引き続き人身取引対策の増進における労働基準監督機関の役割などについて理解を促していく」とある。

 

 しかし、労働基準監督官に対しては、「人身取引対策行動計画」の別添文書は示されているものの、労働基準監督行政における具体的な人身取引事犯の認知、被害者保護・支援、取締りについての通達は出されておらず、現場の取り組みにゆだねられている。

 

 また、本ネットワークが政府の人身取引対策関係省庁と行っている意見交換会において、日本では諸外国に比べ労働分野における人身取引被害者認定が極端に少ないこと(年に数件程度)を指摘したところ、労働現場で最初に取締りにあたる労働基準監督官には人身取引被害者認定の権限が与えられていないことが判明した。

 さらに、労働基準監督官は労基法第5条(強制労働)違反の事案については自ら摘発が可能であるが、同条は対象を「暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」を用いて「労働者の意思に反して労働を強制」した場合に限定しており、国連人身取引議定書第3条所定の「人身取引」の定義より、かなり狭いものとなっている。

 労働基準監督官は、労働基準関係法令が定める基準を事業主に守らせることにより、労働条件の確保・向上と労働者の安全や健康の確保を図り、また、労働災害にあった人への労災補償の業務を行うことを任務としている。しかし、人身取引事案の摘発や被害者保護、被害防止等は、本来業務として認識されていない可能性があり、適切な権限付与がなされていないことも相まって、人身取引事案について積極的な取り組みができていないものと考えられる。人身取引対策の増進における労働基準監督機関の役割について、それが本来業務であることの認識を高めるとともに、適切な権限付与を行うべきである。

 

以上