「ビジネスと人権」に関する行動計画の原案に対する意見

 弁護士、IMADR 宮下 萌


要望は下記の通りである。

 

第2章2(1)ア 労働(ディーセントワークの促進等)の〈具体的な措置〉について

 

(意見内容)

・(イ)ハラスメント対策の強化に「レイシャルハラスメント」も入れること。

 

・(イ)ハラスメント対策の強化に,「企業は,レイシャルハラスメントを防止するため,レイシャルハラスメントの禁止を明示した就業規則や服務規定を設け,違反した場合の懲戒規定を設ける。」と入れること。

 

・(イ)ハラスメント対策の強化に,「企業は,レイシャルハラスメントに関するガイドラインを設けるにあたり,具体例を記載し,適切な研修を行う。」と入れること。

 

(理由)

 レイシャルハラスメントとは,民族的出身や国籍等の「人種」に基づく,受け手が望んでいない,攻撃的,侮辱的,有害だと分かる言動である。レイシャルハラスメントはパワーハラスメントやセクシャルハラスメントとは異なる概念であり,また,現在日本には既に多くの外国人が暮らしていること及びこれからも外国人は増えていくと考えられることから,パワーハラスメントやセクシャルハラスメントとは別に「レイシャルハラスメント」とについて明示し,「ハラスメント対策の強化」の対象に含めるべきである。

 また,パワーハラスメントやセクシャルハラスメンと同様に,企業は就業規則,服務規定,懲戒規定等を適切に整備することにより,組織のコンプライアンス問題としてレイシャルハラスメントに対処することができる。レイシャルハラスメントを防止するためには,就業規則等でレイシャルハラスメントの禁止を明記し,違反した場合には懲戒処分を定めることのほか, ガイドラインにどのような事例がレイシャルハラスメントに当たるのかといった具体的な事例を掲載するといった対応が考えられる。また,研修項目にレイシャルハラスメントを含めることや二次被害を防ぐための相談体制を確立することも重要である。

 

 

第2章2(1)ウ 新しい技術の発展に伴う人権の〈具体的な措置〉について

 

(意見内容)

・(ア)ヘイトスピーチを含むインターネット上の名誉毀損,プライバシー侵害等への対応に「独立した専門家で構成される第三者機関が,ヘイトスピーチ,名誉毀損,プライバシー侵害等の人権侵害情報を認知した場合には,同機関がプロバイダに削除や発信者情報の開示を要請できるような法整備を進める。」と入れること。

 

・(ア)ヘイトスピーチを含むインターネット上の名誉毀損,プライバシー侵害等への対応に「不特定多数人に対するヘイトスピーチも削除の対象に含まれるような法整備を進める。」と入れること。

 

・(イ)AIの利用と人権に関する議論の推進に「AIプロファイリングによる差別助長の防止に努める。」入れること。

 

(理由)

 現行法では以下のような問題があり,法務省の人権擁護局からの要請では対応しきれていないため。

① 削除及び発信者情報開示請求における困難性

 現状では,インターネット上の人権侵害があってもプロバイダが任意に当該情報の削除・発信者情報を開示してくれることはほとんどない。削除請求に関して任意に削除してくれるプロバイダもあるが,プロバイダ毎に対応が異なり,任意請求で問題が解決することは少なく,裁判所の仮処分決定が必要となる場合が多い。

② 裁判の困難性

 仮処分の申立をするには通常弁護士に依頼する必要があり,多くの大手プロバイダは海外に所在地があるために仮処分の決定が出るまでに多くの時間を要する。被害者が削除及び発信者情報開示の裁判をするためには,膨大な金銭的・時間的コストがかかり,ほとんどの被害者は泣き寝入りせざるを得ない。

③ アクセスログの保管

 アクセスログの保管に関して保管すべき内容及び期間に関する定めがないため,発信者情報開示請求を行ったとしても業者によりすでに情報が削除されてしまっており,特定できないことがある。

④ 不特定の者に対するヘイトスピーチについての問題点

 現行法では不特定の者に対するヘイトスピーチは削除の対象とならないため,法規制の手段がなく野放し状態である。2019年3月8日付の「インターネット上の不当な差別的言動に係る事案の立件及び処理について」と題する法務省の依命通知は,不特定多数の者が差別的言動の対象とされている場合であっても,集団等を構成する自然人の存在が認められ,集団等に属する者に具体的な被害が生じる等の場合であれば,特定の者に対する差別的言動が行われていると評価することを明らかにしたものであり,具体的な人に被害が生じているとまではいえない場合にまで違法性を認めたものではない。したがって,不特定多数人に対するヘイトスピーチについても明確に削除の対象に含まれるような法整備を進める必要がある。

 また,AIが,バイアスに満ちた現状や構造を学習することにより,アルゴリズムの中に既存バイアスが永続的に保存されることを防ぐ必要があるからである。